去る6月5日(金)、8日(月)の北柳ヶ瀬市街地再開発事業の従前建物取壊工事着手を前に、解体神事と旧ペルル・柳ヶ瀬ビルさよならイベントが開催されました。

9:30からの解体神事では式次第にのっとり神主さんによる祝詞奏上、玉串奉奠等の儀式が厳かに行われ、解体業者である山下工務店社長からのあいさつもありいよいよ事業が始まるなという思いが高まるとともに工事の安全を切に願う気持ちが強まりました。



続いて、10:30〜は約40年続いた両ビルと柳ヶ瀬の歴史を振り返るさよならイベントが開催されました。お祭り好きの家の父親はおおはりきりで、心なしか今日のスピーチは長めでした。


前にも紹介したとおり、私は現在の柳ヶ瀬ビルが完成した1970年に生まれたので「建一郎」と命名されました。下に掲載するのは当時の竣工式の写真です。私の父親が27才、亡くなったおじいちゃん国太郎の姿もみえます。


次は1960年代前半の柳ヶ瀬の写真ですが、行き交う人の肩と肩がすれ違わんばかりの盛況ぶりです。

最近は、2005年10月の岐阜高島屋大規模リニューアルに引き続き、2007年12月には豊富座がオープンし葵光太郎率いる大衆演劇が柳ヶ瀬を元気にしてくれたり、変わったところではセクシーパフォーマンスが人気のゆるキャラ「やななちゃん」等が柳ヶ瀬を盛り上げています。


解体工事は今年の12月で終了し、いよいよ年明け3月以降から新しいビルの新設工事が着工する予定ですが、中心市街地が衰退の一途をたどるか元気を取り戻すか瀬戸際に立たされている柳ヶ瀬復活のトップランナーとして地域を盛り上げていきたいものです。

9:30からの解体神事では式次第にのっとり神主さんによる祝詞奏上、玉串奉奠等の儀式が厳かに行われ、解体業者である山下工務店社長からのあいさつもありいよいよ事業が始まるなという思いが高まるとともに工事の安全を切に願う気持ちが強まりました。



続いて、10:30〜は約40年続いた両ビルと柳ヶ瀬の歴史を振り返るさよならイベントが開催されました。お祭り好きの家の父親はおおはりきりで、心なしか今日のスピーチは長めでした。


前にも紹介したとおり、私は現在の柳ヶ瀬ビルが完成した1970年に生まれたので「建一郎」と命名されました。下に掲載するのは当時の竣工式の写真です。私の父親が27才、亡くなったおじいちゃん国太郎の姿もみえます。


次は1960年代前半の柳ヶ瀬の写真ですが、行き交う人の肩と肩がすれ違わんばかりの盛況ぶりです。

最近は、2005年10月の岐阜高島屋大規模リニューアルに引き続き、2007年12月には豊富座がオープンし葵光太郎率いる大衆演劇が柳ヶ瀬を元気にしてくれたり、変わったところではセクシーパフォーマンスが人気のゆるキャラ「やななちゃん」等が柳ヶ瀬を盛り上げています。


解体工事は今年の12月で終了し、いよいよ年明け3月以降から新しいビルの新設工事が着工する予定ですが、中心市街地が衰退の一途をたどるか元気を取り戻すか瀬戸際に立たされている柳ヶ瀬復活のトップランナーとして地域を盛り上げていきたいものです。

